たかのさん。ってどんなひと?

ブログのトップページに記事を固定できるようになったので、

自己紹介の記事をのせておきます。

ぜひご参考にしてみてください!

 

・インスタグラム始めました。こちらは写真が主です。

https://www.instagram.com/always5_m_takano/

 

・生年月日:5月23日生まれ

      学生時代は中間テスト前、社会人では給料日前

      なんとも間の抜けた日ではあります。

 

・星座  :ふたご座 

      占いの本に書いてある「ふたご座」気質がまともに当たります。

 

・血液型 :A型

      こだわり2割・適当8割で生きていますので、あまりA型とは

      言われません。

 

・年齢  :46歳

      見た目は35歳・気持ちは10代・行動は5歳。。です。

 

・仕事  :ごく普通の勤め人です。

      まぁ、なんやかんやあり転職を4回していますが、

      無事に社会人23年目になりました。

 

・趣味  :旅行・お城巡り・写真撮影

      ただし、なんの脈略も計画性もありません。

      いきあたりばったりバンザイ!

      これからはポートレートも磨きたいです。

 

・好きなこと:乗り物に乗る(鉄道・バス・飛行機なんでも)

       お酒を飲む。(少し弱くなってきました。)

       しゃべる・文字にする。(つたないですが。)

       日本史を学びなおす。(中世~近世史が好きです。)

 

・性格  :好きなものはとことん好きだけど

      嫌いなものはとことん嫌い。

      興味のないものはとことん興味がありません。

      自分自身への毀誉褒貶は結構あります。

      好かれる人には好かれるけど、嫌われる人には嫌われます。

 

・特色  :中高一貫の男子校出身ですので、視点がズレていることが

      多々あるようです。。。

 

また、思い立ったら追記してみます!

福井城(続日本100名城第137番)

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俗称:最強の県庁(1枚目・2枚目は福井県警本部)

越前松平家ゆかりの福井城は、現在、福井県庁と福井県警本部として

利用されています。石垣に守られた県庁…。なんだかすごいですね。

 

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福井城の本丸縄張り。やはり壮大であることがわかります。

 

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石垣の数々。

 

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復原された山里口御門の瓦。ここも石瓦で再建されています。

 

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福井城から少し歩くと、柴田神社があります。

ここは、柴田勝家時代の北ノ庄城の跡です。

 

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江戸時代には、福井城三の丸としてその石垣が残っています。

 

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北ノ庄城時代の石垣も残っていました。

 

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境内には、お市の方浅井三姉妹の像が。(見切れて柴田勝家像も)

モテの神様。。なんですかねぇ。

 

 

 

一乗谷城・一乗谷朝倉氏遺跡(日本百名城第37番)

 

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続いては一乗谷に行きました。

越前守護代として栄華を極めた朝倉氏の館あとです。

明智光秀も一時期ここに寓居していたのは有名ですね。

 

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井戸とトイレの跡です。

朝倉氏滅亡後、この一帯は水田になったため、遺構が水田の泥の中でキレイに残った

そうです。

 

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一乗谷の復原町並みもありました。

南北1.5kmくらいのところに、武士、町人、商人が集住していた様子がわかります。

 

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町並の反対側には、朝倉氏の居館跡があります。

 

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水堀、空堀の跡もよく残っています。

 

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朝倉義景墓所もあります。

今度の大河では、ユースケ・サンタマリアが演じるようですね。

クセが強そう…。

 

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館の奥は、一乗谷城が控えています。石垣も少し残っていました。

 

 

 



丸岡城(日本百名城第36番)

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ここからは、2019年3月の北陸の旅シリーズです。

まずは、丸岡城から。

こちらは、日本最古の天守閣…。と言われていたお城です。

木材などの鑑定を進めた結果、当初考えられていた築城年代よりも80年くらい後の

1670年代から80年代のものと推定されています。

とはいえ、十分古いですけどね。

 

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石垣は比較的素朴な野面積みです。

 

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歴代城主家の家紋。この中では本多家が有名です。

本多重次の「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」という手紙の「お仙」が後に

本多成重となり、丸岡藩主となりました。

 

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豪雪地帯のため、石瓦が葺いてあるのが特徴的です。

 

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現存天守特有の急な階段です。

 

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家紋は有馬氏の有馬瓜でした。

 

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場内には、本多重次にちなんで、「日本一短い手紙」コンクール入賞者の作品が

掲示してあります。

 

 

会者定離

仏教の言葉です。

出会った者は必ず別れの時が来る。

 

私も、たくさんありました。

悲しいもの、せつないもの、音信不通に

なってしまったもの。。

 

そんな言葉を思い出した1日でした。

 

会者定離。生きている上では避けられない。

わかってはいるけどね。

篠山城(日本百名城第57番)

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福知山からの帰り、篠山城に立ち寄りました。

 

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表からのいい写真がないので、裏側から…。

 

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中心の大書院だけが残る、シンプルな構造ですが、堀と馬出が見られます。

ある意味、分かりやすいですね。

 

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大手への道です。やはり、曲がってます。

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内堀と外堀です。

 

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外堀を超えての道路沿いに、旧大手門と土塁の遺構がありました。

 

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大書院の内部と瓦です。

紋は、篠山藩青山氏の「裏銭」です。

 

2019年2月の旅はここまで。

 

次は3月の北陸旅に移ります。

 

福知山城(続日本100名城第158番)

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こちらも昨年の2月に訪れた、福知山城です。

今年は明智光秀ブームで来訪者が増えるんだろうなぁ。

 

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江戸時代に入った後、福知山藩朽木氏の居城となりましたので、

瓦には朽木氏の隅立て四つ目結。

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石垣の中に異様に整った石が散見されますが…。

 

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これらは、転用石といい、墓石や灯篭などを石垣に流用しているそうです。

転用石を用いた理由については、様々な解釈があろうかとは思いますが、

個人的には、明智光秀の合理性の現れだったのではないか。と感じています。

 

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下から見上げてみました。

日本式建築は精緻ですね。

 

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福知山城から見える山。小倉山です。

小式部内侍の和歌でも有名です。

 

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町中を歩いてると、大福様と打ち出の小槌の鬼瓦がありました。

 

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福知山城からほど近くに「御霊神社」があります。

こちらには、明智光秀が祀られています。

 

 

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お社には、明智桔梗の紋が多数ありました。

 

 

黒井城(日本続100名城第163番)

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さてさて。

今度は丹波の黒井城(別名保月城)です。

今年の大河ドラマ麒麟がくる」でもおなじみの明智光秀丹波攻略で

2度にわたり攻撃を仕掛けた、難攻不落の山城です。

(その時の城主は赤井直正

たぶん、ドラマの後半で出てくると思います。

混むんだろうなぁ。。。去年行っといてよかった。

 

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要するに山。です。(これは黒井城中腹から撮影したもの)

 

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ちょうどここが中間地点。最初、本丸がここかと思って、愕然としました。

 

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本丸近くの東曲輪跡。石垣もあります。

 

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さらに接近。

 

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東曲輪を抜けると二の丸跡がありました。

 

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二の丸・本丸は崖上に作られており、二の丸と本丸の間には、堀割が見られます。

おそらく、本丸側の石垣や崖側に潜ませた兵で十字攻撃が可能だったと思います。

 

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本丸側の石垣です。

高さはありませんが、石自体はこの山のものではないと思うので、

どこかから運んできたのでしょう。

 

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運が良ければ、雲海が見られますが、他の山にかかっていました。

 

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この山の主たる岩は、丹波山地によくみられるチャート(放散虫の死骸が加圧され

できたもの)です。石垣の石の材質とは違うと思います。

また、チャートは非常に硬いので、その加工の難易度はかなり高いものと思います。

これが、朝露に濡れて、よく滑ること。。。

 

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松の葉に霜が降りる天候でした。

 

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麓には、黒井城主の居館と言われる、興禅寺があります。

(水堀もよく残っています。)

明智光秀の攻略後、家臣の斎藤利三を黒井城に入れたため、

その娘である春日局の生誕の地と言われています。

 

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黒井駅前のお福ちゃん像。

 

運が良ければ冬場に雲海がみれるかも。ですが、防寒対策と滑り止めはしっかりして

行きましょう!

(雨上がりとかは、きっと、もっともっと滑る。はず。)




 

 

 

 

姫路城(日本百名城第59番)

むむ。。

またまた久しぶりのお城投稿になりました。

これ、去年の2月の頭に行った時のだよなぁ。。。

 

仕事やらプライベートやらでなんだかんだあったので、ドタバタしていました。

また、ちょっとずつ投稿していかねば!ですね。

 

さて、言わずと知れた「姫路城」

国宝であり世界遺産でもあります。

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だいぶん、塗りなおした白漆喰が落ち着いてきましたね。

正直、直したての頃は目がチカチカするなぁ。という感じでした。

 

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石垣の説明がありました。

これらは豊臣期の石垣です。

 

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姫路城は各藩主家の丸瓦が多数あります。

こちらは、池田氏の桐紋と揚羽蝶の鬼瓦

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榊原氏の源氏車

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酒井家の酢漿草

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本多氏の立葵

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酢漿草と揚羽蝶が並んでいます。

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よく、時代劇のロケ(特に暴れん坊将軍)で使われている、通称将軍坂

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このあたりにくると、石垣もち密になってきます。

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石落としと狭間

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天守内部の廊下。

薄暗さがいいですね。

 

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天守最上階には刑部神社(おさかべじんじゃ)が鎮座しています。

 

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天守から、各曲輪の渦郭式配置がわかります。

 

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行ったときは、小天守と渡櫓が特別公開されていました。

 

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迫力ある薄暗さです。

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最後にどどんと大天守・小天守を。





 

あけましておめでとうございます。

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

 

今年も自然体でのんびり行きたいと思います。

 

自然体って、意外と難しいですが…。

 

あ、青山学院大学箱根駅伝優勝。

これもめでたい。

台風19号

先週の台風19号は関東地方に猛威を振るいました。

家の近所は大丈夫でしたが、近くの川の7~8km下流の堤防が決壊して

氾濫していました。

 

明日は我が身。。。

 

気をつけましょう。。

明石城(日本百名城第58番)

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ようやく2月の旅行のお話へ突入です。

こちらは、大阪城からの続きではなく、新しい行程です。

今回は、明石→姫路→福知山→丹波篠山を巡る旅でした。

 

まずは明石城から。

本丸には、天守はもともとなく、現存の三層櫓が2基あります。

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こちらは大手から入って正面右側の巽櫓(たつみ)

 

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こちらは左側の坤櫓(ひつじさる)

よく見ると、櫓の向いている方向が違うのがわかります。

これは、山陽道の交通と、瀬戸内海の往来を同時に監視するためと言われています。

 

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ちょうど今年で400年です。

家紋が歴代藩主家を示すように、

小笠原氏→戸田松平氏→大久保氏→藤井松平氏→本多氏→越前松平氏

と譜代・親藩の重鎮が封ぜられています。

畿内への最終防衛ラインとして重要視されていたことがわかります。

 

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桝形と門の石垣です。

 

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本丸へ通じる高石垣です。

 

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巽櫓を裏から。軒瓦には越前松平家の紋が見られます。

 

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ここには小笠原氏の三階菱がありました。

 

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坤櫓を裏から

 

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下から見上げると結構高いですね。

 

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季節がら、梅の時期でした。

 

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スタンプ台には明石名物のタコがくっついています。

 

大阪城(日本百名城第54番)

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というわけで、2019年1月の旅、最後の登城は大阪城です。

(2月にも他の所へ行ってるからネタがたまってます。。)

 

現在は、この天守・石垣・縄張は、大坂の陣後に徳川氏が建て変えた

(というか埋め立ててその上に築きなおした。)ということは

知られていますが、それが発覚したのは…。

昭和30年代に入ってからだったそうです。

それまでは、太閤さんが建てたお城!(のまま)って思われていたようです。

発見がされたとき、「今さら、どうしよ。。」って思ったとか。

 

豊臣時代の石垣などは、非公開ですが、この下4~5mくらいのところに

遺構が残っています。

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多門櫓から。

 

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堀と遠くに臨む大手門

 

 

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桝形とこれでもか!の巨石群です。

 

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空堀になっています。

 

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ひょっこり……。

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太閤桐の金瓦が特徴的です。

 

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大阪城の住所です。わかりやすい。

 

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大手側からそのまま天守を抜けると、山里丸のあったエリアへ。

こちらには豊臣秀頼淀殿自刃の地。の碑がひっそりとたたずんでいます。

あまり観光客も来ていませんでしたが、静かでいいのかもしれませんね。

 

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雄大な堀と石垣ですね。

場内に通じる橋を落としてしまえば、なかなか攻められないですね。

 

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桜門桝形と蛸石。1つで推定130トンだとか。

 

まぁ。。大変ですな。

岸和田城(続日本100名城第161番)と泉大津(眞鍋城)

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和歌山城を後にして、南海電車で岸和田へ。

岸和田駅から歩いて岸和田城へ向かいます。

 

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道すがら、早速、昔の縄張りと思われる道を見つけました。

 

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岸和田城は1400年代初頭に和泉半国守護となった細川氏により整備が進められ、

江戸時代には譜代の岡部氏が5万石で入封しました。

岸和田は、大坂と和歌山のちょうど中間地点にあり、一説には、

紀州藩の監視役的な立場を担った。とも言われています。

(足の裏についた飯粒。の話が有名ですね。)

 

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関西空港方面を臨みます。

 

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こうしてみると、5万石の城にしては立派な堀と石垣がうかがえます。

 

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瓦は、岡部氏の左三つ巴です。

 

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ちなみに岸和田はコシノ三姉妹の故郷です。(こちらは復元されたご実家)

コシノ… ジュンコ・ミチコ・ヒロコ でしたっけ???

 

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最寄りの蛸地蔵駅には岸和田合戦のステンドグラスがあります。
各駅停車しかとまりません。


この後、泉大津へ…。

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ゆるキャラ?? 羊のおずみんです。

泉大津市は羊毛加工品。特に毛布のシェアが全国90%あるそうです。

 

ま、なんで泉大津に立ち寄ったかというと。。

フリーアナウンサー川田裕美さんの故郷だから(あと、移動の道すがら

ってのもあるけどね!)

川田さん、結構好きなんですよね。フリーでなかった頃は知らなかったけど、

気取らず、明朗なところが見ている方の気持ちを楽にする気がします。

 

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市内にある、南北朝期にあった、眞鍋城跡。今は江戸時代にこちらを治めていた、

伯太(はかた)藩主渡辺氏の菩提寺となっています。

大津御堂という別名もあるそうです。

(江戸時代は陣屋だったので、すでに廃城となっています。)

 

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江戸時代には水運を利用し、近隣で栽培された綿花を大坂に運んでいたそうです。

その名残の旧家でしょうか?

 

 

 

 

和歌山城(日本百名城第62番)

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ホテルから撮った夜の和歌山城です。

伊勢神宮参拝の後、近鉄特急→南海電車で和歌山へ。

 

和歌山城は、豊臣秀長が築城を開始し、浅野行長が改修、

そののち、徳川御三家の一つ、紀州徳川家徳川頼宣)が入り、大改修と拡張が

図られました。

石垣が時代時代によって違うのも特徴的です。

 

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こちらは築城初期の野面積み

 

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こちらは浅野期のものと思われます。

 

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キレイにそろっている、徳川期の石垣です。

 

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石垣の石を拡大してみました。玄武岩質でしょうか?

柱状節理が走っているのがわかります。

 

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大小天守です。現存天守ではありませんが、天守の建造年代としては

もっとも新しい1850年建造でした。

武家諸法度天守の建造は禁止されていましたが、紀州徳川家の家格を鑑み

特別に許可されたいきさつがあります。)

江戸時代を通じて、紀州徳川家から2人が直接徳川宗家を相続(将軍に就任)

していることもあるのでしょうね。

(1人は徳川吉宗、1人は徳川慶福徳川家茂

 

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名古屋城よりは小ぶりですが、ちゃんと葵紋のある鯱が乗っています。

 

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二の丸と西の丸をつなぐ御橋廊下です。

 

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西の丸庭園の「三つ鍬形」紋の軒瓦。

この「三つ鍬形」は、ある時徳川家康が、信長・秀吉・家康の三英傑が、

兜をかぶったまま鼎談している。という夢をみて、それを替紋とするよう、

頼宣に授けた。といういわれがあるとか。

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これは別の場所ですが、こちらにもありました。

 

 

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重要文化財の岡口門(現存)です。

 

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外堀は埋め立てられ、市街地化しています。内堀がその威容を物語っています。



 

 

伊勢神宮

お城巡り番外編で伊勢神宮です。

名古屋→津→松阪→伊勢という順番で、JRだったり、近鉄だったり。

 

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まずは、豊受大神宮(外宮)から

伊勢神宮参拝のルールとして、まず外宮からお詣りし、その後内宮へお詣りする。

らしいです。

こちらは豊受大御神、衣食住を司る神様をお祀りしています。

 

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内部のはっきりしたところまでは撮影できませんので、ざっくりとした雰囲気を。。

 

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続いては皇大神宮(内宮)へ

ご祭神はご存じ天照大御神です。

正式には

天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)

とお呼びするようです。

 

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内宮の門前にあるこちら。

かつては、旧国道1号線でした。東京を起点に伊勢神宮が終点の国道だったのですね。

 

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五十鈴川が流れています。

かつては、ここで身を清め(沐浴)してから参拝していましたが、

今はこちらで手を清めましょう。

 

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撮影はここまで!

隣には式年遷宮にそなえた同じ広さの空間があります。

式年遷宮後はこちらが次に備えた空間となります。

(要するにかわりばんこ。ですね。)

 

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最後に定番のおかげ横丁へ。

おみやげ物は参拝の帰りに買いましょう。